かつて日本は美しかった

誇りある日本、美しい日本へ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

不思議の国ニッポン!あるのにナイ、ないのにアル、自衛隊

自衛隊はまるで禅問答?


Srim161sm3



 デュラン・れい子著「一度も植民地になったことがない日本」に、れい子さんの夫(オランダ人?フランス人?)がこう言っています。イラク戦争あたりの頃の話と思われます。


「なーんだ。やっぱり日本には軍隊があるじゃないか!」

 れい子さんの夫は昭和49年(1974年)に日本に来て日本の高度成長、日本人のエネルギッシュさに驚いていました。そのとき、日本には軍隊はない、と思っていたようです。


「いったい全体なんだったんだ、あの昔の日本人は!みなインテリでまじめな人たちだと思っていたのに」


「彼らは口をそろえて『日本は平和憲法だから軍隊はない』と言ったんだぞ。だが自衛隊は結局、軍隊と同じじゃないか!なぜ『軍隊はないが、自衛隊はある』と言ってくれなかったんだろう」

 れい子さんの著によると自衛隊のイラク派兵が決まって以来、自衛隊の存在がヨーロッパの一般の人々にも知られるようになり、驚きを隠さない人が多かったといいます。日本通のイギリス人は以下のように表現したといいます。

「あるのにナイ、ないのにアル。日本の自衛隊はまるで禅問答」


 さらにヨーロッパの人からすれば自衛隊のイラク派兵も銃も戦車も大国日本の軍隊がオランダ軍に守ってもらっているのも謎だし、日本が米国を支持したのなら犠牲も覚悟の上が世界の常識なのにサマーワが安全か否かの調査に行くというのは、何のことやら意味不明なのだそうです。イラク派兵については是非の議論はあるでしょうが、れい子さんは自衛隊の活動はテロが起きる前にやるべきではないか、日本がイラクとアメリカの話合いの場は作れないか、と問いかけて、大国日本は不思議の国になるばかり、と述べています。

 このような不思議の国ニッポンになってしまっているのはGHQ憲法第九条があるからなのですが、昭和25年(1950年)の朝鮮戦争で日本は警察予備隊を組織しています。これは再軍備であり、海上保安庁所属の特別掃海隊は13隻の掃海艇と323名の乗組員が、仁川奇襲上陸作戦に参加し、戦死者1名、重軽傷者18名を出しています。それまでマッカーサーなどが説いていたのは日本を非武装中立にして国連によって安全保障を確保すべき、というものでしたので、GHQ憲法は戦後占領下で既に破綻していました。破綻しているのに誤魔化し続けたため、不思議の国ニッポンになってしまったのです。

 実はGHQ憲法第九条は表向きは日本が白人の脅威にならないよう再軍備不可にしたものですが、裏には共産革命の意図が隠されていました。GHQに潜んでいた共産主義者(ピンカーズ)が将来日本で革命を起こしくする目的もあったのです。革命を阻止するのは軍隊ですから、邪魔だったわけです。マッカーサー(真っ赤ーさー)はこうしたピンカーズに操られていました。

 占領下で既にGHQ憲法は国際情勢に合わないものとして破綻していたにも関わらず、講和条約後も後生大事に抱えこんでしまったことは日本を不思議の国にしてしまったばかりでなく、日本国民を平和の豚にしてしまいました。GHQ憲法を早期に破棄しておけば、日米安保なども異なった形になっていたでしょうし、米軍基地問題も解決しやすかったでしょう。拉致問題も起きなかったでしょう。残したために「憲法第九条が平和を守った」などというGHQピンカーズの亡霊に取り付かれた妄想者が叫び、マスコミを通じて平和の豚が量産されてしまいました。

 昨今北朝鮮の核ばかり語られますが、中共(中華人民共和国)はミサイル300基の照準を日本に合わせており、核弾頭も含まれているといいます。東シナ海を脅かす中共はマラッカ海峡へもミサイルの照準を合わせています。インド洋にも中共の軍艦がうろうろしています。人民解放軍の海軍は東シナ海を南下し、太平洋の制海権を得ようとしています。どれも日本のシーレーンです。航行が制限されたり、遮断されれば日本国民の台所に直結する話です。中共にとって目障りなのは沖縄の米軍基地。与那国に自衛隊配置させたくないのも中共。日本はどうすればよいか自明の理でしょう。日本はまずは普通の国家に戻るべきです。



参考文献
 講談社α新書「一度も植民地になったことがない日本」デュラン・れい子(著)
 ビジネス者「日本国憲法無効宣言」渡部昇一・南出喜久治(共著)
 光人社「ペルシャ湾の軍艦旗」碇 義朗 (著)
 転展社「戦後日本を狂わせたOSS"日本計画"」田中英道(著)
添付画像
 護衛艦「こんごう」からのRIM-161(SM-3)の発射(PD)


人気ブログランキングへ 応援お願いします。
広島ブログ お手数ですがこちらもよろしくお願いします。

PageTop

GHQ憲法記念日は屈辱の日

外国から押し付けられた憲法など屈辱と感じるのが普通。


Sdouglas_macarthurpd_2



 5月3日は憲法記念日です。「日本国憲法」と呼ばれるGHQ製の憲法は「白洲次郎」の物語の通り、「押し付け」であることが大分、日本国民に知られており、ありがたがる人は一部のマルクス主義系の思想の人やマスコミぐらいでしょう。
 最近ではアメリカの資料公開によってOSSというアメリカ戦略情報局によって作成された「日本計画」にもとづき戦後直後のGHQによる日本統治が進められてきたことがわかっています。その中にフランクフルト学派と呼ばれる知識人向けマルクス主義者が多くおり、その流れをうけてGHQのピンカーズ(赤い奴)が日本の伝統を破壊し、共産革命に導くために日本国憲法は作られました。

 GHQ憲法の英語原文を見たとき松本国務相は幣原首相にこのように述べています。

「総理、実に途方もない文書です。こんな憲法はいまだかつて見たこともない。こういうものを決めては、わが国は混乱するばかりです。まるで共産主義者の作文ですよ」


 GHQ憲法のマッカーサー案にはこんな条文がありました。

Article XXVIII. The ultimate fee to the land and to all natural resources reposes in the State as the collective representative of the people. Land and other natural resources are subject to the right of the State to take them, upon just compensation therefor, for the purpose of securing and promoting the conservation, development, utilization and control thereof.
第二十八条 土地及一切ノ天然資源ノ究極的所有権ハ人民ノ集団的代表者トシテノ国家ニ帰属ス
国家ハ土地又ハ其ノ他ノ天然資源ヲ其ノ保存、開発、利用又ハ管理ヲ確保又ハ改善スル為ニ公正ナル補償ヲ払ヒテ収用スルコトヲ得


 共産主義の考え方が見事に入っています。また、
「第十六条 外国人ハ平等ニ法律ノ保護ヲ受クル権利ヲ有ス」という条文もあり、これはインターナショナリズムです。フランクフルト学派の思想はインターナショナリズムです。この条文含めて外国人利権に関わるところは白洲次郎や法制局の佐藤達夫の懸命の努力により削られました。

 GHQ憲法の首魁はGHQ民政局のケーディス大佐です。彼はユダヤ人であり、OSSに所属していました。ケーディス大佐はGHQが反共に転換した後、帰国しますが、国務省にジョージ・ケナンを訪ねたとき、ケナンはケーディスに向かってこう言います。

「あなた方は日本を共産主義にしてソ連に進呈しようとしていたのだという噂もありますよね」

 ケーディス大佐は失脚し、二度と日本に戻ってきませんでした。ケーディス失脚の経緯を聞いた前第八軍司令官R・アイケルバーガー中将は厳しいコメントを残しています。

「彼は日本人に手本を示した。空虚な理想主義者は奢りと腐敗におぼれて自滅するという手本だ」


  GHQ憲法は英文を一夜で訳したせいか、憲法前文もよく読まないと何が言いたいのかよくわかりません。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理念を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」


  この部分は日本以外の国はすべて平和を愛する国だといっており、「生存」まで他国に預けるような言い方をしています。日本には主権がないような言い方です。また日本だけ悪い国で他の国はいいくにだ、とも解釈でき、日本が悪さしなければ平和なんだと言わんばかりです。

 GHQ統治下の日本には主権がなく、その時に日本の憲法が勝手にGHQによって作られたのですから、憲法としての正統性はありません。ポツダム宣言にも憲法を変えてよいことなど書いていません。また、占領下は明治憲法第75条の類推適用により憲法の改正は不可の状況であり、GHQ憲法は憲法としては無効になります。

 戦後占領下、米国GHQは共産主義者の作文憲法を日本に押し付け、プレスコードによって憲法批判を禁じ、公職追放という恐怖で言論を封じました。憲法記念日は屈辱の日なのです。しかし、多くの日本人はGHQが作ったウソの歴史を前提に「GHQ憲法はすばらしい」と洗脳され憲法記念日を祝ってきたのです。



参考文献
  WAC「渡部昇一の昭和史(続)」渡部昇一(著)
  「歴史通」WiLL 2009.3『野坂参三 共産政権の誕生』田中英道
  講談社文庫「白洲次郎 占領を背負った男」北康利(著)
  総和社「日本は憲法で滅ぶ」渡部昇一(監修)
  ビジネス社「日本国憲法無効宣言」渡部昇一・南出喜久治(共著)
  岩波書店「日本国憲法の誕生」古関彰一(著)
  転展社「戦後日本を狂わせたOSS"日本計画"」田中英道(著)
参考サイト
 国立公文書館 3-15 GHQ草案 1946年2月13日 http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/076shoshi.html
  WikiPedia「チャールズ・L・ケーディス」

添付画像
  ダグラス・マッカーサー(PD)


人気ブログランキングへ 応援お願いします。
広島ブログ お手数ですがこちらもよろしくお願いします。



【絶対正義GHQ】
http://www.youtube.com/watch?v=wEpg_n_MiYY


PageTop

GHQ憲法九条の欺瞞

戦後日本人は自らを騙し続けた。戦前全否定、戦後全肯定。思い上がったジャパン・アズ・ナンバーワン。GHQ憲法が平和をもたらしたというウソ。


s-GHQ憲法マッカーサー案訳


 1990年以降、ワシントンの国立公文書館でCIAの前身にあたるOSSの機密文書が再調査されています。これによると「日本計画」といわれる対外基本戦略が作成されていることがわかっています。このOSSが知識人向けのマルクス主義と言われる「フランクフルト学派」の巣窟になっていました。OSS計画のもとGHQは占領政策を行っていきます。

 GHQピンカーズ(赤い奴)たちは「二段階革命理論」で日本共産化を目指しました。「社会主義は軍国主義の破壊を通して、ブルジョア民主革命を達した後に得られる」というものです。象徴天皇を通して日本を統治し、他の改革を待って廃絶に追い込むというものです。これらはそもそも天皇を「KING」と誤解しており、日本の伝統的民主主義を理解していなかったことから出発しています。
 GHQ憲法はこの理論に基づいて作成され、第九条の軍隊を持たない、というのも第二段階の革命を行いやすくするためのものでした。軍隊が革命を阻止するかもしれないからです。九条は国防に関することが目的ではなく、内政の問題だったのです。

 マッカーサーは憲法第九条を強く推し進めています。憲法が国会で成立した後、昭和21年(1946年)10月と昭和22年(1947年)5月の天皇・マッカーサ会談で国際情勢に対して憲法九条を懸念する昭和天皇に対してマッカーサーが憲法九条の必要性を力説していることから伺えます。マッカーサーはOSSの計画通り進めていたのです。ちなみにマッカーサー側の通訳は共産主義者ハーバート・ノーマンです。(後、赤狩りのため自殺)

 マッカーサーがどの時点でGHQ内にピンカーズ(赤い奴)が占めていることに気がついたのでしょうか。昭和23年(1948年)に米国務省政策企画部長のジョージ・ケナンが来日し、GHQ民政局のピンカーズの危険性を警告しています。1948年(昭和23年)米国で出版された「アメリカの鏡・日本」の著者ヘレン・ミアーズ女史とマッカーサーは激しく論争しています。おそらくこの頃から「失敗」を意識したでしょう。

 そして日本は吉田茂らにより戦後レジームを決めていきます。「軍備はやらん・経済再建一本で行く。米国は日本を守れ・それが米国の義務だ」

 その後、日本人はこんなウソをつき始めます。

「憲法九条があったから日本は平和を維持できた」

「軍備にお金を使わなかったから経済が発展して豊かになった」

 
 日本の九条のようなものをもっていなくてもほとんどの国が第二次世界大戦後は世界全体が平和への努力をし、局地的に戦争はあったものの世界大戦を回避しています。平和とGHQ憲法九条は因果関係はありません。軍事バランスや核の抑止力がもたらした平和でしょう。核兵器を持った大国同士はもう戦争はできません。日本は安保によって核の傘下で平和が守られてきたに過ぎません。
 昭和初期から日本は軍事大国でしたが、GNPはどんどん上がり豊かになっています。現在の中共も軍事力を拡大しても経済成長し、豊かになっています。軍備と経済の因果関係はありません。

 豊かになった日本、戦後の成功が日本人を思い上がらせ
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1980年ごろ)の声に高揚し、戦後を全肯定し、ウソを撒き散らしたのです。フランクフルト学派が日本を破壊し、その後の革命のために憲法九条を作ったことを考えるとなんと悲しいウソであることでしょうか。



参考文献
 ワック出版「歴史通」WILL10月号別冊
   『野坂参三共産政権の誕生』田中英道
 新潮45・9「二重外交展開、占領下も『君主』でありつづけた昭和天皇」河西秀哉
 朱鳥社「続・日本人が知ってはならない歴史」若狭和朋(著)
 PHP新書「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」中西輝政(著)

添付画像
  GHQ憲法マッカーサー案 国立公文書館 http://www.archives.go.jp/exhibition/popup_haruaki_19_haru/02.html


人気ブログランキングへ 応援お願いします。
広島ブログ お手数ですがこちらもよろしくお願いします。


絶対正義GHQ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm346832

PageTop

GHQ憲法は日本を共産化する目的でつくられた

GHQ憲法はフランクフルト学派による日本共産化のためのものだった。


S_malmond1950915


 1990年以降、ワシントンの国立公文書館でCIAの前身にあたるOSSの機密文書が再調査されています。まだ全部は公開されていないようです。これによると「日本計画」といわれる対外基本戦略が作成されていることがわかっています。このOSSが知識人向けのマルクス主義と言われる「フランクフルト学派」の巣窟になっており、マルクーゼ、ホルクハイマー、E・フロムなどがいます。このOSSはコミンテルンの方針に従っていたわけでもないこともわかっています。

 この日本計画は1941年12月の日米開戦直後から準備され、日本の敗北を見越し、日本をいかに軍事的に壊滅させ、以下に戦後の日本社会を攪乱させるかを目的化したものです。天皇を象徴とする方針もこのとき立てられ、伝統の力を利用して、国内を対立させ、軍事力の膨張を抑える方向へと誘導するというものです。これらはマッカーサーにも伝えられています。この話しは終戦連絡中央事務局の白洲次郎の回想と符合するところがあり、憲法改正にあたって白洲次郎は以下の回想をしています。

 ホイットニー(GHQ民政局)氏はつい、口を滑らせた。
「『ミスター・シラス、あの憲法に関係したスタッフは、ここにいるだけではないんだ。日本には来ていないが、豪州時代にこの仕事に参加した人間が、まだほかに何人もいるのだよ』
 
つまり、”マッカーサー草案”は、既にマ将軍が豪州の地にあって、”日本本土侵攻作戦”を開始した時、その作業に取り掛かり始めていたのである」。

 OSSの日本計画がマッカーサーに伝えられ、豪州で憲法作成の準備が行われていたということでしょう。白洲次郎がこの事実を知ったら「やっぱりそうか!」というに違いありません。
 OSSの計画は「社会主義は軍国主義の破壊を通して、ブルジョア民主革命を達した後に得られる」という2段階革命論であり、一気に天皇打倒するのではなく、他の改革を待って廃絶させる段階を待つというものです。以前書きましたが、憲法の「国民主権」「天皇は国民の総意に基づく」というのはまず第一段階のことなのです。ソ連が強行に皇室の廃止を求めたのに対してGHQは計画通り遂行していたのです。皇室の数を制限して立ち枯れ作戦も第二段階を意識してのことでしょう。憲法九条も次の革命のときに軍隊がなければ革命を起こしやすいという目的で作成されました。

 こうして日本共産化のための日本国憲法はGHQピンカーズ(共産主義者)によって着々と進められます。GHQ民政局のケーディス大佐(九条はこの人が書いた)が直接指揮します。よく日本国憲法は7日間で作成されたといわれていますが、実際には準備周到だったわけです。ただ、7日間と言われるのは実際にGHQの民政局の局員を動員して作成していますから、骨子から条文を作るのはその期間で行ったと思われます。ナチス・ドイツの迫害からの逃れて日本にやってきたユダヤ人のベアテ・シロタさんは民政局に配属され、この作業を行っています。民政局のホイットニー准将はこういったと言います。

「紳士淑女諸君!君たちは今日から、憲法制定会議のメンバーとなった。マッカーサー元帥が日本国民に与える、新しい憲法をつくる歴史的任務を、我々に与えた」


 22歳だったペアテさんは驚いてあわてました。回想録には以下のように記してあります。
「憲法の専門家といったら、畏怖する対象でしかなかった。とにかく、私が憲法について知っていることといったら、高校の社会科で学んだだけのことだった」

 民政局の25人が全くのど素人で、その中の一人、ミルトン・エスマンというユダヤ人の青年が「日本の専門家を招いて、相談するべきだ」と提案したところクビになってしまいました。

 GHQピンカーズが日本を破壊する目的で作成した日本国憲法はすばらしい憲法だと信じている日本人が哀れでなりません・・・



参考文献
 ワック出版「歴史通」WILL10月号別冊
   『野坂参三共産政権の誕生』田中英道
 河出書房新書「白洲次郎」『占領秘話を知りすぎた男の回想』週刊新潮75・8・21白洲次郎
 徳間書店「ユダヤ製国家日本」ラビ・M・トケイヤー(著)
 総和社「日本は憲法で滅ぶ」渡部昇一(監修)
添付画像
 コートニー・ホイットニー、 ダグラス・マッカーサー、エドワードM.Almond少将1950年9月15日(PD)



人気ブログランキングへ 応援お願いします。
広島ブログ お手数ですがこちらもよろしくお願いします。



GHQ絶対主義


http://www.youtube.com/watch?v=8JmDWffb40s


PageTop

GHQ憲法作成のために葬られた近衛公

近衛公は日本人による憲法改正を阻止するために葬られた。


S_5


 1945年(昭和20年)9月13日、終戦直後、東條内閣の前の内閣総理大臣、近衛文麿はマッカーサーと会談します。このときは米軍の通訳の水準が低すぎ、実りのない内容でしたが、10月4日の会談で近衛公は日本の赤化懸念を強調します。そしてマッカーサーより憲法改正に関する案を作成することを大役を貰うことになります。

「公はいやゆる封建的勢力の出身であるが、コスモポリタンで世界の事情にも通じておられる、又、公はまだお若い。敢然として指導の陣頭に立たれよ。もし公がその周囲に自由主義分子を糾合して、憲法改正に関する提案を天下に公表せらるるならば、議会もこれについてくると思う」

 会談の席ではバーンズ国務長官より派遣されたアチソン政治顧問から私案がいくつか提示されます。そして近衛公は憲法学者の佐々木惣一郎博士に憲法作成を依頼します。ところが、10月末になりマッカーサーが
「自分は近衛に憲法改正を指示した覚えはない」と否定します。そして幣原内閣のもと「憲法問題調査委員会」を設置することになります。このことを知った近衛公のことを側近は「近衛の凄いまでの表情は私の目の前にはっきりと、まだ見える」と回想しています。
 
 「マッカーサーを叱った男」で有名な終戦連絡中央事務局の白洲次郎は以下のように回想しています。

「マッカーサーのこの”前言取り消し”談話の背景には、アメリカ国内に『新憲法を敗戦国民に作らせるとは何事』という批判があったとも言われるし、またこの頃、占領国側に、やがて近衛公を戦犯として逮捕しようと言う認識が固まりつつあったとも思われる。」

 実際、白洲次郎が言うような記事が10月26日にニューヨーク・タイムズ紙に載り、10月29日に朝日新聞と毎日新聞がこの記事を紹介しました。
 この前言取り消しには9月初めに日本に入国したハーバート・ノーマンと都留重人が関わっていました。この両者は共産主義者の同志です。ノーマンは後に共産主義者として糾弾を受け、カイロで自殺しています。ノーマンは都留の情報をもとに「戦争責任に関する覚書」を作成しています。この覚書の中はほとんど近衛批判であり以下の言葉が書かれています。

「一つ確かなこのは、彼がなんらか重要な地位を占めることをゆるされるかぎり、潜在的に可能な自由主義、民主主義的運動を阻止し挫折させてしまうことである。彼が憲法起草委員会を支配するかぎり、民主的な憲法を作成しようとするまじめな試みをすべて愚弄することになるであろう。かれが手を触れるものはみな残骸と化す」

 なんと悪意に満ちた覚書でしょうか。近衛公は昭和20年2月に昭和天皇へ上奏した際に敗戦よりも赤化阻止が課題であることを述べています。反共の急先鋒だったわけです。ノーマンや都留や潜伏していたGHQのピンカーズ(共産主義者)にとっては極めて目障りな存在だったでしょう。

 昭和20年12月6日、GHQより近衛逮捕命令が出ます。出頭の最終期限の12月16日、近衛公は巣鴨出頭を拒否。青酸カリで自決しました。その後、共産主義者たちの日本破壊を目的とする憲法は白洲次郎らの抵抗むなしく成立してしまいます。



参考文献
 中公文庫「われ巣鴨に出頭せず」工藤美智子(著)
 河出書房新書「白洲次郎」『占領秘話を知りすぎた男の回想』週刊新潮75・8・21白洲次郎
 講談社文庫「白洲次郎 占領を背負った男」北康利(著)
 
参考サイト
 WikiPedia「都留重人」「ハーバート・ノーマン」「近衛文麿」
添付画像
 近衛文麿(PD)


人気ブログランキングへ 応援お願いします。
広島ブログ お手数ですがこちらもよろしくお願いします。。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。