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鬼畜米英の所業 ~ 沖縄戦

鬼畜米英というスローガンは的を射ていた。


Slifemag


 大東亜戦争終盤、昭和20年(1945年)3月26日より沖縄地上戦が始まりました。圧倒的な兵力と火力を前に日本軍は沖縄本島の南に追い詰められていきます。

 6月15日、沖縄戦も終盤。沖縄上陸米軍最高指揮官バックナー陸軍中将は日本軍に降伏を勧告します。ここでバックナー中将が戦闘観望中に真栄里(まえさと)付近で日本兵に狙撃され死亡してしまいます。(日本軍の榴弾が落下して爆発し被弾説もある) 戦闘を優位に進めている軍の最高指揮官が戦闘観望中に死亡するのですから、米軍の護衛の失態でしょう。
 勝手に憤慨した米軍は以降無差別攻撃に入ります。※1 喜屋武半島の三集落に対して砲爆弾を倍にして攻撃します。避難豪を見つければ投降勧告を行い即座に応じなければ、洞窟の頂上からドリルで穴をあけ、青酸ガスを容赦なく注入したり、豪の入り口から火炎放射器による攻撃を行います。戦闘員・非戦闘員の区別などなく片っ端から殺戮していきました。毒ガスも非戦闘員への攻撃も当然、戦時国際法違反です。空からガソリンを撒き、火をつけ焼き殺し、逃げ出す住民を機銃掃射するという残酷な殺戮方法まで行っています。この所業、まさに鬼畜です。

 米軍は嘉数で住民の半数以上を殺し、浦添村の前田、南部の島尻などは人口の3分の2を殺しました。前田丘陵四日間の戦闘は「ありったけの地獄を1つにまとめた」と米陸軍省が表現するほどすさまじいものでした。国吉では470人前後の住民のうち210人以上が戦死。国吉で捕虜になった住民のうち男子は全員銃殺されたといいます。南部の東風平村の小城(こぐすく)は戦前の人口が約750人だが戦死者は440人以上で全住民の約6割にのぼりました。

真栄里 玉城千代さん

「若いものは(壕)の奥に入って、老人は前に並んでいたが、アメリカの兵隊に壕が囲まれて手を挙げたんですけど、手榴弾を投げられて、老人は揃って亡くなったんです。みんなで13名でした」

 この証言の日付がわかりませんが、民間人の投降も許さない掃討戦の時期と思われます。

真栄里 島袋勝子さん

「これは聞いた話ですけれど、アメリカ兵に壕の中にいるのを撃たれて、他は死んでしまって二人は残ったのがいますけれども、この人たちは壕の入り口にいたので助かって、奥にいるのは全部銃でやられていたそうです。それでこの人たちの話を聞いて見たら、このアメリカが事務所(役所)の方から上がってきたところは全部やられたわけですね、壕を全部あさって」

 これは伝聞を証言しているので、信憑性は弱いです。沖縄戦関係資料閲覧室の証言集を読んでいても真栄里や国吉の虐殺状況ははっきりしません。生存者が少ないというのが影響しているのかもしれません。毎日新聞社の「ドキュメント沖縄」を見ますと次のように書いています。


「前線に立った米軍司令官・バックナー中将が倒れ、戦死した。真栄里付近である。戦況に影響はなかった。ただ、米軍が報復で近くの住民を殺戮したともいわれるが、今になってははっきりしない。あったとしても『勝者』は、常に自己の『暗部』に寡黙である」

 どうやら、このあたりは伏せられており、住民が大量に死亡したという事実以外ははっきりしないようです。アメリカ兵の証言が一つだけ見られます。日と場所がわかりませんが、おそらく掃討戦の頃だと思われます。

アメリカ軍兵士クリス・ドナーの証言『ネメシス 日本との戦い 一九四四―四五年』(マックス・ヘイスティングス著、ハーパース・プレス社、ロンドン)

「一般住民がさまよう戦場では、身の毛がよだつようなことが起こった。とくに沖縄戦がそうだった。(アメリカ軍兵士の)クリス・ドナーは、こう記録している。
『地面に十五歳か、十六歳と思われる、少女の美しい死体が横たわっていた。全裸でうつ伏せになって、両腕を大きく拡げていたが、やはり両脚を開いて、膝から曲げてあがっていた。仰向けると、少女の左乳房に銃弾が貫いていたが、何回にもわたって強姦されていた。日本兵の仕業であるはずがなかった
しばらく後に、ドナーの分隊の何人かが、丘の上から敵によって狙撃されて、倒れた。
その直後だった。赤児を抱きしめている日本女性に、遭遇した。
兵たちが口々に、『あのビッチ(女)を撃て! ジャップ・ウーマン(女)を殺せ!』と、叫んだ。
兵がいっせいに射撃した。女は倒れたが、渾身の力を振りしぼって立ち上がると、手離した赤児のほうへ、よろめきながら進んだ。
兵たちは、さらに銃弾を浴びせた。女が動かなくなった」


 こうした米軍の所業は語られず、いつの間にか「日本軍悪玉論」にすりかえられて沖縄戦は語られてしまっています。



※1 バックナー中将の死亡は関係ないという説がある。



参考文献
 オークラ出版「拉致と侵略の真実」『沖縄の受難史』恵隆之介
 藤原書店「ドキュメント沖縄1945」毎日新聞編集局 玉木研二(著)
参考サイト
 沖縄戦関係資料閲覧室 証言集 http://www.okinawa-sen.go.jp/testimony.html
 加藤秀明コラム http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi
   杜撰な沖縄集団自決論  Date:2008/02/08 (Fri)

添付画像
 アメリカ=ライフ誌1944年5月22日号に掲載された日本兵の頭蓋骨を送ってくれた海軍のボーイフレンドに礼状を書いている写真。(PD)


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アメリカ軍の戦争犯罪
http://www.youtube.com/watch?v=4nxOqeW4nCo


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