かつて日本は美しかった

誇りある日本、美しい日本へ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

苦しんだ果ての照屋昇雄さん証言 ~ 渡嘉敷島

赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった。


Ss


 大東亜戦争・沖縄戦時に渡嘉敷島で集団自決がありました。このことについて軍の強制があったかのように語られていますが、照屋昇雄さんが貴重な証言しています。戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった人です。やはり「援護法」という年金や弔慰金の支給が絡んでいました。同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上し、村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得、照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出しました。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったといいます。
 平成18年(2006年)の証言映像では照屋さんは
「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話しています。

「沖縄戦・渡嘉敷島『集団自決』の真実」曽野綾子著より
-----------
 昭和四十五年三月二十六日午後五時過ぎ、赤松元大尉と生き残りの旧軍人、遺族十数名は大阪から、二十八日に渡嘉敷島で行われる「二十五周年慰霊祭」に出席のためやって来た。
 午後五時、赤松元大尉は、黒のレインコートにショルダーバッグをかけ、清酒一本を下げて軽々と日航機から降り立つ。彼が入域手続所でカメラマンに囲まれながら歩いている間に、空港エプロンに集まっていた抗議団は「渡嘉敷島の集団自決、虐殺の責任者、赤松来県反対」の横断幕をエプロンにはりつけた。
 やがて赤松元大尉の耳にも、シュプレヒコールが聞こえる。
「赤松帰れ!」「人殺し帰れ!」
 聞こえてくるのはシュプレヒコールばかりではない。
「今頃沖縄に来て何になる」
「県民に謝罪しろ」
「おまえは沖縄人を何人殺したんだ!」

------------

 このようなことをされては本当に照屋さんは胸が張り裂けそうだったでしょう。

 照屋昇雄さんの話だと赤松隊長は島民から神様のような人といわれており、照屋昇雄さんもそう感じたと言っています。昭和45年3月、赤松隊長は
「この問題はいろんなことを含んでいるのでソっとしておいてほしいと言ったはずだ」と那覇で述べています。おそらくこれは「援護法」のことを言っているのでしょう。



参考文献
 WAC「沖縄戦・渡嘉敷村『集団自決』の真実」曽野綾子(著)
 PHP「沖縄戦『集団自決』の謎と真実」秦郁彦(編)
参考サイト
 WEB「正論」渡嘉敷島集団自決、軍命令を否定する証言 元琉球政府の照屋昇雄さん
  http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0608/web-news0827-1.html
添付画像
 渡嘉敷島(PD)

人気ブログランキングへ 応援お願いします。
広島ブログ お手数ですがこちらもよろしくお願いします。






【反戦平和の島・沖縄の真実】照屋昇雄氏 証言[桜H21/9/28]
http://www.youtube.com/watch?v=IR12z1Fm4-4






 照屋さん手記

 この問題は援護近の恩恵を受けるために赤松隊長(赤松隊長は神様のような良い方であった)の同意を得て(援護金を取るため)当時の村長玉井氏と二人で(極秘密で)当時暗謝市場小附近にあった渡嘉敷屋宿小で赤松隊長の身になって自決命令状を書いた。
 玉井村長はこの作文嘘の命令書に隊長自宅に行き印鑑押印して日本政府厚生省援護課に提出、島民を援護法の恩恵に属せしめ極貧から救ったのである。真実である。ところが新聞人の耳に真実のことが入ると大変なことになる。偽造文書違反、偽造援護金横領等大きく悪口書報道される時代であったので村民官民あげて極秘密主義を徹底いたしました。真実実態です。
 昭和35年後世に真実は照る。

<考察>
 沖縄集団自決冤罪訴訟は上告が棄却され確定しました。判決ではこの照屋昇雄氏証言は赤松隊長の生前の言動にはまったく出てこないため「信用できない」としている。しかしながら、本文中にある赤松隊長の「この問題はいろんなことを含んでいるのでソっとしておいてほしいと言ったはずだ」という言と、部下の連下氏が「本当のことを言ったらどうなるのか、大変なことになるんですよ」と述べていることから、援護法のことは認識されていたと思われる。照屋さんは「口外すると沖縄では生きていけない」と語っており、自己にデメリットしかない証言である。裁判所の「信用できない」という結論は「言えなかった」照屋さん、「言えない」赤松隊長という人情を考慮しないひどい結論である。

スポンサーサイト

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。