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沖縄戦では日本軍がいたところで集団自決が発生したのか

阿嘉島のことは隠されている。

Sauthor_tomazvajngerl

 大東亜戦争沖縄戦で「日本軍がいたところは集団死が発生した」というのを聞いたことがあります。座間味と渡嘉敷、その他ガマ(自然洞窟)、壕で日本軍と一緒だったところで集団自決が起こったと。
 座間味と渡嘉敷の集団自決は有名ですが、実は阿嘉島(あかしま)にも日本軍が居て、米軍が上陸しており、ここでは集団自決は発生していません。このことはおそらく意図的に隠されています。

 阿嘉島の青年義勇隊だった中村仁勇さん

「(3月)26日の斬り込みの晩、防衛隊(現地召集兵あるいは民間組織部隊)の人たちが戦隊長のところへ来て、『部落民をどうしますか、みんな殺してしまいますか』と聞いたわけです。『早まって死ぬことはない。住民は杉山に集結させておけ』と指示したそうです」

 そして380名ほどの住民は自決するつもりで杉山に集まりました。


「翌日、山の上をみると、そこに谷間に向けて機関銃を据えて兵隊が3名ついているのが見えました。後で聞いたのですが、糸林軍医が2名の兵隊をひきいて銃座についていたということです。その友軍の機関銃を見て、住民は、いざとなったら自分達を一思いに殺してくれるんだと、安心していました。みんな一緒に玉砕できるんだということで、かえって混乱がしずまったのです」

 中村仁勇さんによると、この後、
「生きられる間は生きようじゃないか」と誰かがいいだし、逃げれるだけ逃げようということになったと述べています。機関銃というと渡嘉敷島の集団自決が頭に浮かびます。警察官だった安里喜順氏の話だと「友軍の機関銃でも借りて、死のうということになって残って歩ける人たちは(軍の本部へ)行ったのです」。これを赤松隊長が断り、敵の追撃砲が飛んできて住民はパニックになっています。
 阿嘉では軍医がいざというとき、住民を銃殺するつもりであったのかどうかはわかりませんが、住民は殺してくれると安心し、パニックにならずにいたわけです。軍人が居たから助かったということです。

 ひめゆり隊の証言でも隊が解散後、壕に軍人と一緒におり、8人で自決か国頭突破かの議論をしていると、日本兵の上官らしい人が
「貴様ら、出て行け!出て行かないと叩き切るぞ!」と軍刀を抜いたため、8人は驚いて「一緒に殺してくれるといったのにおかしいな」などと、ブツブツ言いながら壕を出ると、壕でバーンと手榴弾が爆発する音がしました。自決したのです。これも軍人がいたから助かっています。

 そもそも「日本軍がいたところで集団自決が起こった」というのは日本軍が居たから投降できなかった、自決せざるを得なくなった、ということを言っており、これは前提として、米軍に投降すれば助かる、米軍は親切、自決というのは酷いこと、とういうのがあります。しかしながら、米軍は掃討戦で、軍民構わず殺戮しており、十十空襲でも無差別爆撃しています。当時、米軍に投降すれば助かるという意識は持ちにくいでしょうし、助けてくれたのは掃討戦後がほとんどでしょう。また米軍は親切というのもとんでもなく、住民の収容所内ではマラリアが発生し、粗末に扱われ、戦後直後など強姦事件、住民射殺事件などが多発しています。「自決」というのは当時、尊厳ある死という価値観です。沖縄はニライカナイ信仰で、祖先崇拝だから、先人の尊厳ある死を大切にするはず。既に前提からおかしいでしょう。こういうのは何らかの目的のプロパガンダに過ぎないということです。



参考文献
 WAC「集団自決の真実」曽野綾子(著)
 PHP「沖縄戦集団自決の謎と真実」秦郁彦(編)
参考サイト
 沖縄戦関係資料閲覧室 証言集 http://www.okinawa-sen.go.jp/testimony.html
 沖縄戦史 公刊戦史を写真と地図で探る 「戦闘戦史」
   阿嘉島・慶留間島の戦闘(海上挺進第2戦隊) http://www.okinawa-senshi.com/aka-geruma.htm

添付画像
 阿嘉島ニシバマ(北浜)ビーチ Author:TomazVajngerl
  米軍の一個大隊がここから上陸した。


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