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米軍に投降すれば沖縄県民は助かったのか

米軍は助けてくれたという神話。


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 米軍が撮影した沖縄戦の映像などをみると民間人が助け出された映像が良くあります。「アメリカ軍は民間人を助けてくれたのだ」という印象さえ持ちます。子供の頃、この映像をみたことがあり、学校の先生から散々叩き込まれた「日本軍悪玉論」とあいまって米軍は善玉だったと思わされていました。また、「鬼畜米英」という宣伝もウソだった、といって軍に対して批判調だったのも「はだしのゲン」というマンガで読んだ記憶があります。

 実際には戦争ですから、投降して助かった人がいたというのは一面に過ぎません。沖縄の地上戦は昭和20年(1945年)3月26日から始まっています。6月中旬はアメリカ軍は掃討戦として無差別攻撃を行い、喜屋武(きゃん)半島に砲爆撃を倍加して軍民構わず全滅状態に陥らせました。これはもう投降どころではないですね。国吉で捕虜になった住民がいましたが、うち男子は全員銃殺されました。
 さらにアメリカ軍は避難壕を発見すると投降勧告を行い、即座に応じなければ、洞窟の頂上にドリルで穴を開け、青酸ガスを容赦なく注入し、あるいは壕の入り口から火炎放射器による攻撃を行って軍民の区別なく片っ端から殺戮したのです(毒ガスも非戦闘員への攻撃は戦時国際法違反)。ひめゆり学徒隊の証言を読むと投降勧告から2,3分でガス弾を投げ込まれたという証言があります。まさに
鬼畜米英ではありませんか。投降して助かった多くはこうした掃討戦が一段落してからです。

 それからアメリカ軍はインディアンを殺戮ハワイを乗っ取った白人の集合体というのは沖縄県民も知っていることでしょう。フィリピンでも原住民を数十万大虐殺しました。また昭和19年(1944年)10月10日の沖縄空襲は民間人が標的にされています。これでは投降して助けてもらうという発想などおきにくいでしょう。
 
 「鬼畜米英」「米兵に捕まると婦女子はもてあそばれた上、刺殺される。男は道に並べられてローラーで下敷きにされてしまう」「自決することが美しい」などと軍が宣伝したように言われていますが、政府や軍部が公式にこの種の残酷物語で国民の恐怖心を煽った例は無いようです。これらはマスコミによるものが主と思われます。有名なのはライフ誌の転載でボーイフレンドが送ってきた日本兵の頭蓋骨を机の上において手紙を書くアメリカ人少女の写真があります。日本の新聞は
「奇怪なるこの写真、これこそ肉を食い骨をしゃぶる米鬼の正体・・・」と書いています。

沖縄新報
「敵米獣にたいする憎しみ、憤りは日本一であるはずだ」
「県民の戦闘はナタでも鍬でも竹槍でも・・・」
「鉄砲がないなら竹槍でいこう、竹槍が折れたら唐手でいこう」


県議会
「われら一同協心、特攻精神を以て敵米英を撃滅」

 軍部の認識を見てみますと、八原博通大佐の回想では、
 
「サイパンでは、在留日本人の多くが玉砕精神に従って、軍とともに悲惨な最期を遂げた。しかし沖縄においては、非戦闘員を同じ運命を辿らせるべきではない。アメリカ軍も文明国の軍隊である。よもやわが非戦闘員を虐殺するようなことはあるまい。もし島民を、主戦場となるべき島の南部に留めておけば剣電弾雨の間を彷徨する惨状を呈するに至るべく、しかも軍の作戦行動の足手まといになる」

とあります。これは疎開していない県民を島北部に住民を避難させる計画をたてるときの話で、避難民が日本軍と遮断されたとき、アメリカ軍の手に落ちます。しかし、文明国の軍隊だから住民にひどいことはしないでしょうと言っています。

 アメリカ軍に投降すれば助かっていた、とか、軍あるいは政府が恐怖を煽り、戦闘意欲を高めたような話は戦後の後付であり、実際には結果助かった人がいるという一面を述べているに過ぎずアメリカ軍は殺戮者であり、恐怖を煽り戦意高揚していたのはマスコミでした。



参考文献
 PHP「沖縄戦集団自決の謎と真相」秦郁彦(編)
 光人社NF文庫「沖縄に死す」小松茂朗(著)
 角川文庫「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」仲宗根政善(著)
 オークラ出版「拉致と侵略の真実」『沖縄の受難史』恵隆之介
参考サイト
 WikiPedia「沖縄戦」

添付画像
 壕を爆破する米軍(説明では壕に隠れた日本人と書かれている PD)


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