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イギリスの超差別意識と残虐性

イギリスは紳士の国だった?


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 日本は明治維新後、イギリスから学び、イギリスと同盟を結んだ時期もあり、日本は英国を模範としていましたが、同時にイギリスの残虐性も認識しており、脅威を持っていました。

「英国の世界統治策」(昭和15年3月)の中でラジバド・ライというインドの国民主義者の人の本を紹介しています。

GHQ焚書図書開封より
 インド人女性がイギリス人の知事を狙撃した事件
「同族婦女子(イギリスの暴虐を悲憤慷慨したインド人の女性)が、トラックに積み込まれて人里離れた所に連れ去って放置せられたり、暴力を加えると脅かされたり、手を加えて殴打される事情が聞かされ、陵辱その他の侮辱が加えられ、或いは男子監獄に投ぜられらる悲惨な状況を知っては、インドの夫人の中にこのような意見を持ち、かような直接行為に訴えるものの出現するのも必ずしも不思議ではあるまい」

 これはひどいですね。人間扱いされていません。警察の横暴を取り上げてみます。
「医者や付添のものは『今日の殴打、拷問は実にひどかった』と言った。私は病院の各室を廻り、負傷程度を視察した。中には腹を打たれた上、睾丸を締め付けられたものもあった。ついで二階へ上がってみるともの凄い呻き声が聞こえた。一人の青年は睾丸を締めつけられたばかりでなく、脳を打たれ、狂人の様になっていた。他の棟に行って見たが、同様の負傷者ばかりであった。そして何れも口々に警官の言語に絶する横暴を憤慨していた。(中略)人事不省になるまで睾丸をしめつける。足と手を持ってひきづり廻し、且つ殴打する。負傷者を草叢又は塩水の中に入れる」

 紳士の国というイメージのイギリスですが、当時はこんなものです。本には英国が教育機関を占拠したり、書籍の禁止、没収を行ったり、インド人の平均年収、一千万人の餓死者、インド人の教育レベルの低さ、インド人への陵辱、暴力、拷問の様子などが述べられています。一応、英国の名誉のために書いておくとイギリスの提督の令嬢は
「自分はガンジーのほうが正しいと思う。」といってインド名でもってイギリスを告発する事件も起こっています。

 白人にとって白人以外は人間ではなく家畜程度にしか思っていませんから、平気でこんな残虐なことができるのです。当然インド人に対してだけでなく、日本人に対しても差別意識は当てはまります。ビルマ(現ミャンマー)で戦後、抑留された日本兵はビルマの下等米に泥と砂が混じったものを食べさせられました。これでは歯を壊すし、下痢はするわで散々なので、抗議したらイギリス側の返事は
「日本軍に支給している米は、当ビルマにおいて、家畜飼料として使用し、なんら害なきものである」と大真面目に答えたといいます。

 大東亜戦争時に日本には「鬼畜米英」というスローガンがあり、戦後、そういうのは戦意を煽っただけのもので、事実に反するように教えられました。しかし、当時、出版されていた本から考えると日本人はイギリス人の有色人種への超差別意識、残虐性をよく知っており、いい当てている言葉でしょう。



参考文献
 徳間書店「GHQ焚書図書開封」西尾幹二(著)
 中公文庫「アーロン収容所」会田雄次(著)

添付画像
 ペシャワル市(当時インド)のエドワード門、1870年(PD)



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