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GHQ憲法の誕生

実はGHQ憲法は共産主義憲法でした。



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 5月3日の憲法記念日が近づいてきました。書店では子供のポケットに一冊、とかのキャッチフレーズで「日本国憲法」の本がおいてありました。GHQ製憲法については改憲派や自主憲法制定派、護憲派などありますが、最近では「無効論」が活発化してきています。明治憲法73条、75条に違反しているので改憲は無効であり、憲法としては無効だが、中間条約としてGHQ憲法が存在するというものです。興味のある人はネットで検索してみてください。

 さて、GHQ憲法の誕生ですが、昭和20年10月頃にマッカーサーが近衛公に会見し、マッカーサーが憲法改正の必要性を説いたので、近衛公は佐々木惣一博士(憲法学者)に要請し新しい憲法づくりを依頼しました。しかし、10月下旬にマッカーサは「指示した覚えはない」と否定。一方10月末には幣原内閣で松本国務相を責任者とする「憲法問題調査委員会」が設置され、松本草案が作成されます。しかし、GHQは拒絶。ここで出てきたのが「マッカーサー草案」です。GHQの民政局長であるホイットニー准将は後に「たった一週間で作った」と豪語したといいます。
 昭和21年2月13日、この草案を手渡されたときは吉田外相、松本国務相、終戦連絡中央事務局の白洲次郎の三名がその場にいました。草案を手渡したホイットニー准将はこの時の様子を次のように書いています。

「・・・私の言葉は、すぐに日本人代表達の表情に変化をもたらした。白洲はピョコンと跳び上がり、松本博士は息を深く吸い込んだ。吉田の顔は、黒雲のごとく曇った」


ホイットニー准将が去った後、総理に憲法案を見せたときのことです。
松本国務相「総理、じつに途方も無い文章です。こんな憲法はいまだかつて見たことも無い。こういうものを決めては、わが国は混乱するばかりです。まるで共産主義者の作文ですよ」

幣原首相「ウ・・・英語もまずいですねえ」

 マッカーサー草案はOSSというCIAの前身にあたる組織の「日本計画」がベースになっています。敗戦後の日本をどうしていくか、という研究がなされていたのです。これには知識人向けマルクス主義といわれるフランクフルト学派の学者たちが大きく関わっていました。そして憲法学者ではない複数の法律家や素人たちが共産主義者が作った憲法案を参考にしたり、他国の憲法を見よう見真似で作成したものでした。ですから共産主義者の作文になってしまったのです。
 これをすったもんだした挙句、ホイットニー准将は白洲次郎を呼び出し、直ぐに翻訳者を連れてこいとなり、一晩で翻訳させられ、若干の修正を加えて帝国議会における憲法改正手続を経て、昭和21年10月7日可決しました。

 こうしてオギャーと生まれたGHQ憲法ですが、いったい誰の子でしょうか???白洲次郎はこう言っています。

「監禁して強姦されたらアイノコが生まれたイ!」




参考文献
 朱鳥社「続・日本人が知ってはならない歴史」若狭和朋(著)
 文藝別冊「白洲次郎」
 総和社「日本は憲法で滅ぶ」渡部昇一(監修)
 講談社文庫「占領を背負った男」北康利(著)
 
参考サイト
 WikiPedia「日本国憲法」「コートニー・ホイットニー」

添付画像
 吉田茂と白洲次郎 文藝別冊「白洲次郎」より


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