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GHQ憲法と白洲次郎

GHQ憲法に抵抗した白洲次郎。


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 白洲次郎は終戦連絡中央事務局の参与でGHQ憲法(日本国憲法)作成に関わった人で「マッカーサーを叱った男」「従順ならざる唯一の日本人」とか「日本は戦争に負けたが奴隷になったわけではない」と言い有名です。彼の手記を見ると興味深いことが書かれています。
 マッカーサー草案づくりを担当したGHQ民政局長のホイットニー准将の言葉を記しています。


「『ミスターシラス、あの憲法に関係したスタッフは、ここにいるだけではないんだ。日本には来ていないが、豪州時代にこの仕事に参加した人間が、まだほかに何人もいるのだよ』
 つまり”マッカーサー草案”は、すでにマ将軍が豪州の地にあって”日本本土侵攻作戦”を開始したとき、その作業に取りかかりはじめていたのである。
 GHQやアメリカ側が殊更「一週間で作り上げた」と強調するのは、彼らの草案が大したシロモノではなく、あくまで新憲法は日本人自身の手で作られたかの印象を内外に与えんがためだったのではないかと、ぼくは考える」


 実はGHQ憲法はOSSというCIAの前身にあたる組織が占領後の日本の政策を定めたものがベースとなっています。OSSには知識人向けマルクス主義といわれるフランクフルト学派がおり、二段階の革命を経て日本を共産化しようとしていました。その産物がGHQ憲法だったのです。

 また、白洲次郎はホイットニー准将を信用しがたい人物として以下のように記しています。
「だいたい、一国の憲法を一週間で作ったなどと自慢たっぷりに話すような不謹慎を、ぼくはとらないものである。また彼の細君は、うそかまことか、当時、休暇で日本に来ていた大学在学中の彼の息子が、草案の一章か一項を書いたんだと親バカ流に広言していたそうである。ぼくはそのことを、GHQのさる高官から聞かされたのではあるが、そのとき、この高官もなげかわしいといった表情で語ってくれたのを、今でもハッキリ覚えている」

 まったく日本と言う国はコケにされていたものです。
 白洲次郎と翻訳者は一夜でマッカーサー草案を翻訳しますが、外務省翻訳官の小畑氏とのエピソードを以下のように記しています。

「白洲さん、シンボルというのは何やねん?」

 小畑氏はぼくに向かって、大阪弁で問いかけた。ぼくは
「井上の英和辞典を引いてみたら、どや?」と応じた。やがて辞書を見ていた小畑氏は、アタマを振り振りこう答えた。
「やっぱり白洲さん、シンボルは象徴や」
 新憲法の「象徴」という言葉は、こうして一冊の辞書によって決まったのである。

 こんな感じでGHQ憲法は作られてしまったわけです。



参考文献:
 文藝別冊「白洲次郎」
 朱鳥社「続・日本人が知ってはならない歴史」若狭和朋(著)
 総和社「日本は憲法で滅ぶ」渡部昇一(監修)
参考サイト
 WikiPedia「白洲次郎」

添付画像
 若い頃の白洲次郎 文藝別冊「白洲次郎」より



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【伝記】 白洲次郎 ~ マッカーサーを叱った男 Part.1
http://www.youtube.com/watch?v=OSmVoM2atVk



【伝記】 白洲次郎 ~ 苦渋を舐めた憲法づくり Part.2
http://www.youtube.com/watch?v=vJdVvXv87j0



【伝記】 白洲次郎 ~ 戦後復興への挑戦 Part.3
http://www.youtube.com/watch?v=fVKW7JRk8Sg



【伝記】 白洲次郎 ~ 日本経済の礎を築く Part.4
http://www.youtube.com/watch?v=bY5qo7pz1jU

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