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真珠湾に空母が居なかったのはなぜか

アメリカは真珠湾が攻撃されることを知っていた?
Attack_on_Pearl_Harbor_Japanese_planes_viewS.jpg


 私は子供の頃、日米開戦の真珠湾攻撃の話で米国は真珠湾攻撃(昭和16年12月8日)を事前に知っており、空母を真珠湾から逃がしておいた、という話を聞いていました。また、米国は日本が先制攻撃するのを待っていたとも。
 
 日米開戦となれば日本は真珠湾を攻撃してくると米国が見ていたのは間違いありません。既に米フランク・ノックス海軍長官は昭和16年1月24日の時点でハワイ海軍基地が日本による空爆、魚雷攻撃、破壊工作、潜水艦攻撃、ハワイ海域への機雷設置および日本艦艇からの砲撃に対して、弱点を抱えている点を指摘しています。ノックス海軍長官はスチムソン陸軍長官に手紙を出して
「日米開戦は必至である」「そのとき日本側は必ず真珠湾を攻撃してくる」「それは夜明けの奇襲となるであろうから警戒措置を取るように」という意味のことを書いています。
 さらに7月25日にハワイでアドバタイザー紙が真珠湾が空襲を受ける可能性があるという特集記事を発表しました。この頃、米国は日本に対して全面的禁輸措置をとっており、これはいわゆる最後通牒とでもいうべきものでした。米の無線監視局の局長ジョセフ・ロシュフォートは以下のように述べています。
 
「われわれは彼らの資金も燃料も貿易も断ち、日本をどんどん締め上げている。彼らには、この苦境から抜け出すには、もう戦争しか道は残されていないのが、わかるだろう」

 日本軍は攻撃するしかない、やってくるとしたら「真珠湾」と誰もが見ていたわけです。11月になるとジョセフ・ロシュフォートは太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将に日本艦隊の東へ向かう動きを報告し、キンメル大将は演習第191号を発し11月23日より日本機動部隊を捜索しています。

 ただ、アメリカ政府としてはアメリカ市民が戦争を嫌がったので、最初の一発は日本に撃たせてある程度の軍事的損害は覚悟しなければなりませんでした。そこで空母だけは逃がした・・・という説があります。たしかに11月26日に米本国からハワイ宛に陸軍の追撃機を航空母艦を使用してウエーク島、ミッドウェー島に運ぶように指示が出ています。11月28日に空母エンタープライズが真珠湾を出向し、12月5日に空母レキシントンが出航しています。このとき、最新鋭の軍艦が護衛しています。これらを見ると確かに空母と最新鋭艦を真珠湾から逃したといえます。あるいは真珠湾目指してやってきた日本軍を背後側面から攻撃する意図もあったのかもしれません。
 
 そして12月8日、日本軍はやってきました。米は最初の一発を撃たせるのが目的でしたが、その一発は大きな一撃となりました。この頃の米国人の日本人に対する認識は「出っ歯で近眼」でした。

「日本人は首がすわる前からおぶられ揺すられるから、バランスをつかさどる内耳に異常をきたし、急降下飛行ができない」
「近眼で鳥目だから夜間飛行はできない」
「日本人には独創力と想像力に欠けている。わずかな能力は単なる模倣性にしかすぎない」


 真珠湾が攻撃されても日本はたいしたことは出来ないだろう、と思っていたのが大打撃になったわけです。



参考文献
 文藝春秋「真珠湾の真実」ローバト・B・スティネット著/妹尾作田男=監訳/荒井稔・丸田知美=共訳
 ワック出版「歴史通」2009/10『日本を潰せ - 支那の背後にちらつく露・独・米の影』高山正之
 徳間書店「GHQ焚書図書開封」西尾幹二著

添付画像
 真珠湾攻撃開始直後の写真と思われる(PD)




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Attack on Pearl Harbor 真珠湾攻撃
http://www.youtube.com/watch?v=D3QHdlmh7D8



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