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東京裁判は梅毒のようなもの

反日国家による歴史攻撃の元凶。


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 上智大学名誉教授の渡部昇一氏は東京裁判は梅毒のようなものだ、と述べています。東京裁判というのは大東亜戦争で日本敗戦後、戦争犯罪があったとして連合国側が一方的に日本の指導者を裁いたものです。正式には「極東国際軍事裁判(きょくとうこくさいぐんじさいばん The International Military Tribunal for the Far East)」と言います。(1946年5月3日~1948年11月12日)。


 渡部氏は靖国に関する支那問題、教科書問題、同じ問題がその時々で問題化するたびに、問題自体がより悪質化し、根が深くなっていると述べています。この「だんだん悪質化する」ことを例えるのに「梅毒」という例を挙げています。梅毒はまず硬いしこりや発疹ができますが、自然に消滅します。3ヶ月ほどして発熱から関節痛、全身発疹等の症状が出ます。3年後、全身に硬いコブのようなゴム腫が現れ、10年以上放置すると中枢神経が冒され死に至ります。


 東京裁判は言うまでもなく、「平和に対する罪」「人道に対する罪」は事後法であり、偽証罪もなく、管轄権もありません。インチキ裁判です。


 日本はサンフランシスコ講和条約で東京裁判を受け入れたというのはウソで、諸判決(Judgments)を受け入れたのであって、裁判を受け入れたわけではありません。そしてサンフランシスコ条約は判決を停止できる条件があり、日本はこれに基づいて諸判決を廃止しました。どこの国からも文句は言われていません。昭和28年(1953年)の特別国会で改正遺族援護法が成立し、東京裁判で戦犯とされた人も通常の戦死者として扱うことを社会党、共産党を含む全会一致で決定しています。


 しかし、戦後の公職追放によってできた空席に共産主義者が潜入し、梅毒を撒き散らしていきました。具体的には敗戦利得者である政治家、朝日新聞をはじめとするマスコミ、日教組といった教育界が撒き散らしていきました。渡部氏はこの梅毒を根治するために三段階にわたる治療の提案を行っています。


1.独立回復記念日を制定すること(4/28)
 日本に独立がなかったときがあったことを国民がよく知るというもので、国旗も国歌斉唱もできなかった。主権がないときに憲法が作られた。そして東京裁判が行われた。


2.東京裁判の実体を国民がよく知ること
  前述したような事後法で裁かれたこと、偽証罪もなく、管轄権もなかったことなど。


3.マッカーサー証言を日本に知らしめること
 昭和26年(1951年)の米国議会乗員の軍事外交合同委員会の答弁です。
「日本は絹産業以外は国有の産物はほとんど何もないのです。彼らは綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域に存在していたのです。
 もしこれらの原料の供給が断ち切られたら1千万から1千2百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」


 最近、このマッカーサー証言を学校教育に取り入れているところがあると聞きます。日本人はすべて知るべきでありましょう。この梅毒はわが子の世代までには絶対に根治しておきたいものです。



参考文献
 WAC「渡部昇一の昭和史(続)」渡部昇一(著)
 小学館文庫「パール判事の日本無罪論」田中正明(著)
  WAC「日本は侵略国家だったのか 『パル判決書』の真実」渡部昇一(著)
参考サイト
 msn産経ニュース 「日本は自衛戦争」マッカーサー証言 都立高教材に掲載 贖罪史観に一石
 http://sankei.jp.msn.com/life/news/120330/edc12033008120003-n1.htm
添付画像
  サンフランシスコ平和条約に署名する吉田茂と日本全権委員団(PD)


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