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南京大虐殺の証拠写真は大ウソだった

証拠として通用する写真は一枚もなかった。


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マンガで学べる南京大虐殺という大嘘
 証拠として通用する写真は一枚もない ・ 南京事件?嘘です?(2) 
 http://ameblo.jp/lander1208/entry-11367191293.html


 昭和12年(1937年)12月の支那事変南京戦で南京大虐殺が行われたといわれています。これは学校の教科書にも記載されており、多くの人が知っていることでしょう。

 もう一度読む山川 日本史(高校教科書用)
「1937(昭和12)年12月、日本軍は中国の首都南京を占領した。このとき日本軍は、非戦闘員をふくむ多数の中国人を殺傷して、国際的に大きな非難をうけた(南京事件)」

 中華人民共和国(中共)が主張しているのは30万人虐殺です。それだけの虐殺があればその証拠写真があってもよいはずです。当時、南京には日本の新聞記者、カメラマンが100人以上いましたし、外国の新聞記者、カメラマンも5人いました。「シカゴ・デイリー・ニューズ」のスティール記者、「ニューヨーク・タイムズ」のダーディン記者、「パラマウント・ニュース映画」のメンケンカメラマン、「ロイター通信」のスミス記者、「AP通信」のマクダニエル記者です。しかし、証拠として通用する写真は一枚もありませんでした。このことは亜細亜大学教授の東中野修道氏が南京虐殺の証拠写真としてあげられている143枚の写真を検証し、「南京事件『証拠写真』を検証する」という本にまとめています。いくつかあげてみます。

 キャプション「左手に切り落とした中国民衆の首を持ち、右手に軍刀を持つ凶悪な日本兵」


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これは英国マンチェスター・ガーディアンのティンパーリ記者の「外国人の見た日本軍の暴行(戦争とはなにか)」にも登場しています。水兵の襟が白ですが、日本軍の水兵は白線です。ちなみにティンパーリ記者は国民党中央宣伝部顧問です。ようするにプロパガンダをまき散らしたわけです。


 次の写真もティンパーリのプロパガンダ本に掲載されています。キャプションは「南京大虐殺の際、日本軍に殺害された中国民衆」となっています。


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 兵士の襟が折り襟になっているのがわかるでしょう。当時の日本陸軍の襟は詰襟です。ニセ証拠写真です。アイリス・チャン「ザ・レイプ・オブ・南京」では「南京の南の雨花台の虐殺地点。この写真は南京虐殺後すぐに撮られてた」と説明がありますが大ウソです。日本のマスコミも偽写真を大虐殺の証拠として報道したりしているのですから、情けない話です。


 南京で大虐殺が行われたなら記者たちはスクープとして写真は撮るでしょう。南京での日本軍の蛮行を報じたのは「シカゴ・デイリー・ニューズ」のスティール記者と「ニューヨーク・タイムズ」のダーディン記者です。ダーディン記者はカメラをパナイ号に置いていたときに船が日本軍の誤爆で沈没してしまい失いました。スティール記者は次のように虐殺を記事にしました。
「南京の陥落劇は、罠にはまった中国防衛軍の筆に尽くせないパニック・混乱状態と、その後に続いた日本軍の恐怖の支配ということになる。後者では何千人もの命が犠牲となったが、多くは罪のない市民であった」


しかし、スティール記者は虐殺写真を撮りませんでした。城外の写真は撮っていますが、これは記事に掲載していません。城内の写真を撮らなかった理由を後年のインタビューでは「南京の城内で写真を撮っているのを発見されたら、おそらくカメラは取り上げらていたでしょう」と述べていますが、日本人記者は問題なく撮影できています。また、都新聞の小池記者は城内で二台の車に分乗してきた外人たちがやってきて、おおっぴらに写真を撮っているのを目撃しています。2台ですから、4~5人と推測できます。スティール記者が含まれていた可能性は高いです。誰でも写真は撮ることができたのに一枚もないのはなぜか。実は写真は撮っていて記事にそぐわない写真しかなかったからではないでしょうか。


マンガで学べる南京大虐殺という大嘘
 証拠として通用する写真は一枚もない ・ 南京事件?嘘です?(2) 
 http://ameblo.jp/lander1208/entry-11367191293.html




H24.12.16追記
コメントより新たな情報をいただきました。松尾一郎氏の研究では水兵の写真の原本は線がわかるとのことです。松尾氏によると首を持つところに糸があり、当時の支那軍は斬首したあと、首を吊るすために糸をつないでいるとのことです。http://www.youtube.com/watch?v=4RAewwZGIeU&feature=channel_video_title



参考文献
 草思社「南京事件 『証拠写真』を検証する」東中野修道(著)
 草思社「南京事件 国民党極秘文書から読み解く」東中野修道(著)
 山川出版社「もういちど読む 山川日本史」五味文彦・鳥海靖(編)
 評伝社「外国人のみた日本軍の暴行」ティンバーリイ(原著) 訳者不詳
 青木書店「南京事件資料集 アメリカ関係資料編」南京事件調査研究会(編訳)
 小学館文庫「『南京事件』日本人48人の証言」阿羅健一(著)


文頭のマンガ画像はブログ主様の許可を得て掲載しています。


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 スティール記者の撮影した写真「南京事件資料集 アメリカ関係資料編」より(1)~(7)は中華門。
 死体は戦闘によるもの。スティール記者は敗残兵の銃殺は見たと言っているが、民間人の殺害は見ていない。


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 8 支那兵が連行されているとしている。


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 9 掃討戦。日本兵がこちらを見ている。
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10 支那兵がロープをつたって城外へ脱出した跡。


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