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日本軍側の暗号解読

なぜか語られていない日本軍の暗号解読。


Sm209


 大東亜戦争で日本軍の暗号は完全に解読されていた、それを日本軍は気づかなかった、という話を聞いたことがあるでしょう。実際、日本海軍の暗号は解読されていました。それではこの逆、日本軍は米軍の暗号解読しなかったの?こういう観点は抜けているように思います。


 ビルマ航空戦の兵士の記録(加藤隼戦闘隊)を見ていると昭和18年(1943年)ぐらいからはイギリスの暗号解読が進み、イギリス軍の暗号からイギリス空軍の部隊の名前と隊長の名前がだんだんわかってきています。チンタゴン基地の中隊長ダッケンフィールド大尉が勇敢で日本兵パイロットの間にも知られており、日本兵パイロットは「今日はダッケン氏、出てくるかな」などと思っていました。


 ビルマ方面の日本軍は支那軍の漢字の暗号解読は行えており、支那軍の戦術的移動は兵団単位で動きを把握していました。ここからイギリス軍の戦闘命令も掴めたことがアメリカ陸軍の情報局(MIS)の資料でわかっています。ただ、支那軍は米軍の指導下でうごいており、イギリス軍の情報は少なかったようです。日本軍がイギリス軍の暗号を直接解読していたことがわかる資料はないのですが、前述の加藤隼戦闘隊の記録には直接解読していたと思われるような内容です。


 日本軍による米軍暗号の解読は、昭和11年(1936年)から昭和17年(1942年)ごろまで米国務省の外交暗号、武官用暗号は解読はできていました。ところが、米軍は暗号を変えてしまったのです。その後、なかなか解読は進まず、昭和18年(1943年)になって数学者をの協力を仰いでいます。それまで暗号は軍の機密事項なので民間人を入れるのはタブーだったのです。協力を要請されたのは東大数学科の名誉教授・高木貞治という世界的権威の数学者で、高木教授は天才学者らメンバーを集めて暗号解読に取り組んでいます。昭和19年には米軍の暗号を解き始めていました。
 しかし、時すでに遅く、通信傍受により暗号文の先頭に来るコールサインによってアメリカ本土からテニアン経由で特殊な目的をもってB-29が日本に向かっていることまではわかっていましたが、それが何かまではわかりませんでした。それは結局、原爆機だったわけですが、米軍の暗号解読で「ヌクレア(核の)」という文字が出たのは原爆投下後の8月11日のことでした。陸軍情報部は地団駄踏んで悔しがったといいます。陸軍の暗号少佐の釜賀一夫さんは戦後、「あと二年早く昭和16年から数学者を使い始めていたらあんなに簡単には負けなかった」と悔しがりました。


 実は山本五十六連合艦隊司令長官がブーゲンビルで戦死したのも日本軍の暗号が読まれていたからです。山本長官が戦死した地点から米軍のガダルカナルのヘンダーソン基地までの間は米軍機P-38の航続距離とぴったり同じでした。そんな劇的な遭遇は万が一にも考えられません。日本陸軍はこれに気づいたので民間の数学者を入れる決断になったのです。海軍も暗号が読まれていることに気がついたようです。しかし、どうも事なかれ主義で口をつぐんだか、情報に対する重要性の認識不足で黙っていたようです。もしかしてと思いますが、海軍内に米軍の協力者がいて握りつぶしたか?


 現在、数学の世界では整数論と代数幾何というのがあり、この分野で日本は世界のトップレベルだといいます。そしてこれは暗号に使う数学なのだそうです。世界各国は同盟国といえど潜在的には敵であり、裏では諜報合戦をやっているのですが、今の日本はトップレベルの数学力を国家のために使うことなく、緊張感も危機感もないノー天気な政治家がノホホンと政権中枢に居座って国家のことではなく自分の党のことばかり心配しています。



参考文献
 学研M文庫「栄光 加藤隼戦闘隊」安田義人(著)
 「歴史通」2010年1月『国家の”風格”は情報にあり』藤原正彦
 文春文庫「大本営参謀の情報戦記」堀栄三(著)
 吉川弘文館「特務機関の謀略」山本武利(著)


添付画像
 米軍暗号機M209(PD)


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