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靖国に参拝してなぜ悪い ~ 日本人はとても素敵だった

靖国に参拝してはいけないのですか?


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 台湾の楊 素秋(よう そしゅう)さんは、台湾の日本統治時代の自身の体験をもとに桜の花出版「日本人はとても素敵だった」を書いており、靖国参拝について元日本人より現日本人へ次のように意見しています。

「なぜ靖國神社に参拝してはいけないのでしょうか?
 靖國神社に首相が参拝すると、中国や韓国から非難され、日本国内ですら反対論が声高に叫ばれますが、自国の先祖の霊を鎮めるために行くんだと、自国民の霊を弔うのがどうしていけないのかと、それと君たちの国と何の関係があるかと、内政にまで口をはさむなと、なぜ言えないのでしょうか? 不思議で仕方ありません。
 靖國神社に祀られている人たちは、日本の国のために散って行った桜の花です。同じ死ぬのだったら、国のためとか誰かのために命を捨てる方が、犬死にをするよりもましだと思いませんか。

 命を捨てる精神には一体何があるのか。そこにはまさに「大和魂」というものが作用しているのだと思うのです。
 昔、日本人は東洋のために命を擲ったのです。戦争に行く時は皆、東洋のため、東洋平和のためにと言って行ったのです。その人たちの霊に対して、『霊が浮かばれますように、そしてとにかく安らかに眠って下さい』と祈ることのどこが悪いのでしょうか。そのことと政治とは何の関係もありません。
 今の日本の対応を見ていると、私は、もどかしくて仕方ありません。イライラしてきます。本来の日本人を知っている台湾人の勝手な想いではありますが…」。


 靖国神社というのは明治2年(1869年)、明治天皇が「わが国のために尽くした人々のみたまは国自ら永久に御祀りするべきである」との聖勅により建造されました。戊辰戦争によってなくなった人は公に殉じたとして地域民間で「村の守護神」と祀られていたのを、国家が引き継いだものです。靖国は政治的なものとしてつくられたというのはまったくのウソです。日本人古来の先祖崇拝の信仰に基づいたものです。

 A級戦犯が祀られているのが良くないという意見もありますが、そもそも日本には戦犯はいません。昭和28年、日本主権回復後、法務総裁が「東京裁判での戦犯は、国内法的には戦犯ではない」という通達を出して、遺族援護法や恩給法も改正され、一時期戦犯となり、対象から外れた人も対象にされました。A級戦犯とされた人たちが昭和53年(1978年)に合祀されていますが、その後も首相が20回も参拝しており、中韓は全く騒いでいません。昭和60年になって朝日新聞が無理やり騒ぎ出して、社会党が呼応して強引に外交問題にしたのです。

 昨年はとうとう8月15日に閣僚の参拝はありませんでした。日本は多神教であり神といえば八百万の神です。森羅万象すべてに神が宿り、人は死ねばみな神様仏様です。支那はまったく異なる文化で「敵」に対しては「絶対不寛容」であり、死者に唾を吐く文化です。日本の政治家は日本人の魂を売り、支那にあわせたのです。このままでは日本が何回謝罪しようとODAと世界銀行などを通して6兆円出そうと全然関係なく未来永劫、日本国民の財産はむしりとられていくでしょう。



参考文献
 桜の花出版「日本人はとても素敵だった」楊 素秋 (著)
 扶桑社新書「日本よ、永遠なれ」山谷えり子(著)
 幻冬舎「靖国論」小林よしのり(著)

添付画像
 靖国神社(JJ太郎撮影 PD)



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靖国神社を参拝した世界各国の要人
http://www.youtube.com/watch?v=iyWN_Tfsf9E


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