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品格の違い ~ 昭和天皇・マッカーサー会談

伝統によって育まれた品格。


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  添付の写真を見たことのある人も多いでしょう。この写真は昭和20年(1945年)9月27日の昭和天皇とマッカーサー会談の時の写真です。話をする前に挨拶を交わした直後に取られたもので、マッカーサーはノーネクタイのラフな格好で天皇より格が上だということを日本国民に知らしめるために撮影されました。ときの内閣の山崎巌内相は写真を発禁しようとしたら、直ちに公職追放されました。


  この写真は多くの日本人が衝撃を受け、敗戦を実感させられました。


作家 高見順
「かかる写真はまことに古今未曾有」


歌人 斉藤茂吉
「ウヌ!マッカーサーノ野郎」


  しかし、皇太子殿下(今上天皇)とご学友は奥日光に疎開していましたが、この写真を見るなり口々にこう叫んだというのです。


「日本が勝った!」
「マッカーサーはネクタイもしないで礼儀をしらない!」
「成り上がりの田舎っぺ!」
「アメリカはあの程度の国か!」
「日本は礼節の国だぞ!」


  皇太子殿下の前なのでご学友が気を使ったとも考えられますが、よく考えると皇太子殿下やご学友の感想は的を射ていると思います。といいますのは、日露戦争の旅順戦の水師営で行われた乃木希典・ステッセル会談を思い浮かべるからです。水師営で乃木将軍は敗軍の将にも帯刀を許し、最大限の礼をもって迎えています。会見写真は一枚も撮らせませんでした。このことは世界を驚愕させました。これは明治天皇の指示によるものです。当然、大東亜戦争当時も日本はこの精神を継続しています。ちなみに、マッカーサーの父は旅順戦に観戦武官としていましたので、マッカーサーはこの話を父から聞いているはずですが、何も学習していないと言えます。対して昭和天皇は乃木将軍より教育を受けています。


  日本は2600年の歴史が育んだ伝統・文化があり、その基準でみれば皇太子殿下とご学友の言うとおりであり、たかだか200年の歴史しか持たない米国など礼節をわきまえないこの程度のモノか!ということだと思います。この写真は恥辱を含んでいようとも民族の品格の違い、民度の勝利、伝統の勝利の瞬間を捉えた写真であると言えるでしょう。そして会談の内容も昭和天皇がマッカーサーを圧倒したのです。マッカーサーは昭和天皇が命乞いにきたと思っていました。


昭和天皇「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身をあなたの代表する諸国の採決にゆだねるためにおたずねした」(マッカーサー回想記)


 この会見の内容は口外しない約束でしたが、マッカーサーはベラベラしゃべりました。昭和天皇は昭和52年(1977年)に記者からマッカーサーとの会見内容について聞かれ、「マッカーサー司令官とはっきりこれはどこにもいわないという約束を交わした」「男子の一言は守らなければならない」とお答えになり、生涯口外することはありませんでした。




参考文献
  幻冬舎「昭和天皇論」小林よしのり(著)
  徳間書店「東郷平八郎と乃木希典」
  講談社学術文庫「昭和天皇語録」黒田勝弘・畑好秀(編)
 中公新書「昭和天皇」古川隆久(著)
参考サイト
  WikiPedia「乃木希典」


添付写真
  昭和天皇とダグラス・マッカーサー 第一回会見のときの写真(PD)



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昭和天皇とマッカーサーの会見を通訳官が証言 The testimony of the interpreter
http://www.youtube.com/watch?v=inE1DSH0jrk



【昭和天皇】 マッカーサーとの会見 1
http://www.youtube.com/watch?v=Ux7vS2P18kY

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