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浸透したマルクス階級闘争史観

知らず知らずに洗脳されていた日本人。


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 小林よしのり著「天皇論」で小林氏の助手のぽかQ君が皇居の一般参賀で「天皇陛下万歳」とまわりにつられてやりましたが、その後、懺悔するところが書かれています。

ぽかQ君
「実は万歳するのをためらった。俺はすごく抵抗があった。あの人たちが階級の頂上で、俺なんか底辺の身分なんだろうなあと思って!」

 こうした階級闘争史観は学校教育やメディアを通して日本人に浸透している感があります。歴史教科書では古墳は富と権力の象徴、貴族や武士が農民を搾取した、明治憲法は天皇が最高権力者、などと書いているものがあります。天皇は特権階級でも権力者でもないのですが、刷り込まれた人は天皇を特権階級とみなし、国民と対立軸にみるでしょう。

 実は私の妻も同じで、ある日私は聞いてみましたら、
「いつも一流のものを身につけ、一流のものを食べている特権階級の人」と答えました。ヤレヤレです。天皇は無私の存在であり、国民の安寧のために祈られる祭司王であることを教えなければなりません。

 また私の妻は企業も搾取的なものと捉えているようです。何か特別な主張を持っているというより自然にそんなイメージを持ってしまっているようです。経営者と労動者を対立軸に考えています。
 日本型企業というのは日本の「村社会」を肩代わりしており、わかりやすいところでいえば冠婚葬祭を手伝ったりしているでしょう。退職金制度などの福利厚生もそうで、老後や社員の家族らも含んだ考え方をします。そして日本型企業は理念型経営であり、「金儲け」でなく、「企業理念」を中心におきます。企業の所有者は株主というより社員に重きをおきます。そして企業活動の目的を顧客、社員、株主、地域社会といったステークホルダーズを融合したところにおきます。欧米などではやたら多い役員がバカ高い報酬をもらい、株主が利権を主張しますが、日本ではそのようなことはありません。

 学校教育やメディアの報道に染まってしまうと、ポカQ君やわが妻のようになると思います。もちろん私も社会人になったばかりのときは同じでした。

 会社で退職するときに余っている年休を全部消化したいという社員がいると思いますが、階級闘争史観でみると労働者の権利であるとし、経営者と対立軸で考えます。権利は行使するもの、それによって生ずることは会社が何とかするもの、と考えます。おそらく「それはそうだ」という人が多いと思います。しかし、日本型の考えは年休というものは一人が年間これぐらい休んでも周りの人や顧客に迷惑がかからないだろう、一年間通して計画的にそれぞれ取得していきましょう、という考え方をします。上記に書いたようにCompany by employee's(会社を構成するのは従業員)という考え方があるのです。そしてCompany for stakeholder'sといって会社は誰の"ため"のものかを追求しています。

 メディアも弱者に注目して権威や権力を敵視する報道をしますね。以前、派遣村のことが話題になったことがありますが、派遣でクビになった人にスポットを当てて企業がひどい、政府が悪いといわんばかりの報道をします。不況になる以前は派遣社員の組織にしばられない生き方、生活に仕事をあわせる生き方にスポットをあてて賞賛していたはずです。派遣村がマルクス系のイデオロギーに利用されていることも報道しません。

 このように我々は何でも階級闘争を通して物事を見る癖をつけさせられているのです。この階級闘争の思考はユダヤの二元論的思考法がもとになっており、マルクスが虚構理論を作ったのです。このような見方では物事の本質を見誤る危険があります。これは注意しなければならないことでしょう。



参考文献
 小学館「天皇論」小林よしのり(著)
 週刊東洋経済2006.2.18「ミスターWhoの少数意見 リンカーンと"会社は誰のもの"」
 日新報道「日本人に謝りたい」モルデカイ・モーゼ(著)
 
添付画像
 皇居を大手町付近から撮影(JJ太郎 PD)


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