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朝日新聞が捏造した南京虐殺

マスコミが真実を書くと思ったら大間違い。


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 昭和12年(1937年)12月の南京攻略戦で朝日新聞は八十人もの取材班を南京へ投入しています。毎日新聞は七十名。南京では外国の報道陣も自由に取材できました。世田谷区ほどの南京城に八十人も居れば精度の高い取材ができます。


 朝日新聞の記者は十二月十七日付「意外日本製の砲」という見出しで「13日敵砲陣地を占領したが(略)大砲四門がどこ製と思ふか?『昭和二年大阪工廠というマークがついているではないか』」と大虐殺が行われた?とされる日にのんびりと大砲を見に行っています。「幕山では、最後の一人まで、チョッコを握って皇軍に抵抗していた少年があったよ」という記事もあります(幕山はおそらく城外の幕府山)また、国民党の脱走兵の死体が百メートルにわたり累々とあった記事もあります。


 南京では報道規制はどれくらいあったのでしょう。
 朝日新聞の取材全体の指揮をとった上海支局次長の橋本登美三郎氏は当時の報道規制について
「何も不自由には感じていない。思ったこと見たことはしゃべってたし、書いていたよ」と述べています。
 朝日新聞の上海支局長の山本治氏は軍に検閲を依頼する担当をしていました。検閲の実態については以下のように述べています。
「検閲のはっきりした基準というものはなく、とにかく軍のこれからの動きがわかるような記事はだめでした。私はその年の四月まで新京支局にいて関東軍の検閲を経験していましたから軍の検閲は大体わかっており、私の持っていくものはほとんどフリーパスでした」


 山本治氏は南京虐殺について次のようにも述べています。
「全然見たことも聞いたこともありません。夜は皆集まりますが、そんな話は一度も聞いたことがありません。誰もそういうことを言ったことがありません。朝日新聞では話題になったこともありません」


 南京戦は朝日新聞にとって通常の戦場以上でもなければ以下でもない取材報道です。


 ところが朝日新聞は戦後、「中国の旅」に続き、1980年代に「南京大虐殺」大キャンペーンを行い、「偕行南京戦史」を作り上げます。この中に便衣兵(ゲリラ)の処断や下関、幕府山での捕虜、敗残兵の処断が記載されており、これを青山学院大学名誉教授で国際法専門の佐藤和男博士は検証し、戦時国際法違反ではないと断定しました。


 朝日ではありませんがNNNドキュメント「兵士たちが記録した南京大虐殺」(2008年4月)を見ますと素人の人が南京虐殺を調査している姿を追いかけています。また昔インタビューしたのだと思いますが、旧日本兵の証言が出ています。これらは前述の捕虜処断に関わった旧日本兵の証言を切り貼りして、あたかも虐殺があったかのように印象付ける悪質な編集内容です。佐藤和男博士の検証した師団、連隊とNNNが編集した兵士の証言の師団、連隊とが一致します。(13師団歩兵六十五連隊、山砲兵第十九連隊)佐藤和男博士は南京問題研究者が素人判断で捕虜の処断を「虐殺」とする研究に対して苦言を呈しています。NNNドキュメントでも素人の方の調査を報じています。もちろん当時、国際連盟に中華民国代表はこれらを戦時国際法違反として提訴していません。


 平成19年(2007年)にジャーナリストの水間政憲氏が朝日新聞に南京虐殺の犠牲者数について質問を出しています。これに対して朝日新聞は以下の通り回答しています。


「朝日新聞として南京大虐殺の犠牲者数は特定しておりません。2006年12月30日の社説『日中歴史研究 事実に語らせることだ』は『中国側は犠牲者数を30万人とし、日本軍による残虐行為の象徴的な事件と見る。だが、だが日本側には20万人説や数万人説などさまざまな見解がある』と記しています」。


 南京戦当時の朝日新聞と現在の朝日新聞の言っていることは全く異なっています。




参考文献
 日新報道「南京の実相」日本の前途と歴史教育を考える議員の会監修
 小学館文庫「南京事件 日本人48人の証言」阿羅健一著


添付画像
 昭和12年12月17日朝日新聞記事 「南京の実相」より


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参考映像:「朝日が作った歴史」年表転載
http://www.youtube.com/watch?v=EoAmItpLGuE


1971年8-12月 「朝日」本多勝一記者「中国の旅」連載
 ↓
1972年9月 日中国交回復
 ↓
1978年 中学歴史教科書に「南京」登場
 ↓
1979年 中国の歴史教科書にも記載
 ↓
1985年 南京大虐殺記念館開館
 ↓
1994年 愛国主義教育実施要領(各地に反日記念館)
 ↓
2005年 中国・反日デモ多発




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