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スペイン大帝国が没落した理由

スペイン大帝国の没落は「自虐」が原因。


S15


 スペイン帝国、16世紀中盤から17世紀前半までの約80年間はスペインが史上最も繁栄した時期であり、黄金の世紀(Siglo de Oro)と呼ばれています。スペイン君主のカルロス1世が1519年に神聖ローマ帝国皇帝に即位した際には、ヨーロッパにも本国以外の広大な領土を持つにいたります。フェリペ2世の在位中が最盛期で、1580年から1640年にかけてスペイン王がポルトガル王も兼ねるようになり、中南米やアジア・アフリカ沿岸に点在するポルトガルの海外植民地を獲得しました。その繁栄の様は「太陽の沈まない国」と形容されました。

 スペイン帝国の侵略はまずキリスト教宣教師を送り込み、布教し、現地の状況を探ります。そして軍隊を送り、キリスト教に改宗しない土民を殺戮し、財産を奪い、焚刑に処し、寺院を焼き払うという暴虐の限りを尽くします。

 日本にもこの侵略の魔の手はやってきました。1549年、フランシスコ・ザビエルが来日しました(ポルトガル王から派遣)。ザビエルは僧兵であり、キリスト教伝道のために来日したのではなく、日本侵略の尖兵だったのであり、続々と来日するキリシタン・バテレンたちは対日諜報員であり、対日工作員でした。

 1588年5月28日、スペインは22隻のガレオン船(大型帆船)、108隻の商船に3万人以上を乗船させたメディナ・シドニア率いる無敵艦隊がリスボンを出発し、イギリスへ向かいます。イギリスに上陸する作戦で陸戦隊を乗せていました。しかし、アルマダの海戦で敗北しスペインへ帰還します。これよりスペイン大帝国は凋落することになります。しかし、1回の海戦に敗れただけでは国家は衰退しません。この裏にはイギリスとオランダの徹底したプロパガンダ攻撃がありました。

「彼ら(スペイン人)は村々に押し入り、老いも若きも身重の女もことごとく捕らえ引き裂きずたずたにした」
「彼らは誰か一太刀で身体を真っ二つに斬れるとか、誰が一撃のもとで首を斬り落とせるかとか賭けをした」
「ようやく足が地に着く程度の絞首台をつくり、十三人づつ吊るし、生きたまま火をつけた」
「殺さずにインディオの両手に斬りつけ、辛うじて両手が腕にくっついている状態で、山へ逃げ込んでいるインディオたちのところへ手紙を持って行けと命じた」


 こうしたプロパガンダによってスペイン人は自分の国の歴史に誇りがもてなくなり、衰弱、凋落していきます。自信を喪失し、自己嫌悪に苦しみ、自虐に親しみ、淋しく自国を嘲笑する国民に成り下がっていったのです。

 「人が喋っているのを聞けば、どこの国でおぎゃあと言ったか、すぐ分かる。
  イギリスを賞め賛えていたら、そいつはイギリス人だろう。
  プロシャの悪口を言っていたら、そいつはフランス人だろう。
  スペインの悪口を言っている奴、そいつはスペイン人だ」


 徳川幕府がオランダと通商を行う際にもオランダ側の反スペイン宣伝は相当なものがあったといわれており、世界各国にスペインの悪口を吹いてまわったと思われます。スペイン人の残虐性を表す「銅版画つきの想像絵」やインディオ虐殺話が世界に配られました。私の手元にある書にも人間を火あぶりにしている絵があります。世界史の授業でも見たような記憶があります。

 さて、これは歴史ですが全く同じことが今現在、日本で起きているのは誰の眼にも明らかでしょう。第二次世界大戦で「日本が大陸を侵略した」「アジアの人を苦しめた」「日本兵は残虐なことをした」「南京大虐殺」「バターン死の行進」という捏造・・・「日本の悪口を言っている奴、そいつは日本人だ」



参考文献
 朱鳥社「続・日本人が知ってはならない歴史」若狭和朋(著)
 徳間書店「GHQ焚書図書開封」西尾幹二(著)
 成甲書房「ユダヤは日本に何をしたか」渡部悌治(著)
参考サイト
 【はじめて書かれる地球日本史(41)西欧の野望・地球分割計画(6) 西尾幹二
   http://www.vanyamaoka.com/senryaku/index2441.html
 WikiPedia「無敵艦隊」「スペイン帝国」

添付画像
 カルロス1世 / カール5世(PD)


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